伊達政宗【1567/9/5-1636/6/27】
幼少時に患った疱瘡(天然痘)により右目を失明し、また、戦国屈指の教養人として、豪華絢爛を好むことで知られていた。
1609年(慶長14)、伊達政宗公が造営。桃山様式の粋をつくし5年の歳月をかけ完成させた。本堂・御成門、庫裡・回廊は国宝に指定されている。勧請開山は828年(天長5)慈覚大師によるものと伝えられている。
伊達政宗公が今も眠る廟所。政宗公自らの遺言により建てられ、桃山様式の絢爛たる廟建築として国宝に指定されたが、戦災で焼失、再建された。政宗公の眠る瑞鳳殿のほか、二代、三代藩主の感仙殿、善応殿がある。
坂上田村麻呂の創建と伝えられる毘沙門堂。後に慈覚大師が平安朝初期の作風をとどめる一木彫りの五大明王像(国重文)を安置したことから、五大堂と呼ばれるようになった。現在の建物は、伊達政宗公が桃山式建築の粋を尽くして完成させたもので、国の重要文化財。
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